泉町の自慢

     東門院



東門院境内
延暦一三年、桓武天皇の勅願により、伝教大師最澄の草創にかかり、鎮護国家の道場として叡山三千坊の東門にあたるため東門院の名称があったと伝わる。(守山市誌より)
  
「最澄が延暦寺を開いた時、比叡山を守るためにその東方に門を構えたのが当寺のはじまりで、守山の地名の由来でもある。」と近江興地志略(享保19年寒川辰清著)に記されている。

平安中期以前に草創された天台宗きっての名刹であり、「比叡山(山号)東門院(院号)守山寺(寺号)」というのが正称。

平安時代以来の数多の文化財があったが、昭和61年12月の火災により、本堂、本尊をはじめ、それ等の多くを焼失した。

院内にある「オハツキイチョウ」は市指定の天然記念物として有名。
イチョウの葉&銀杏
東門院のオハツキイチョウ
788(延暦7)年、比叡山の東鬼門を護るため建立されたと伝えられる東門院は歴史に残る古寺で、江戸時代には朝鮮通信使の宿舎にもなった。

1986(昭和61)年、火災に遭ったが1990年に本堂が再建された。
山門をくぐり左にイロハカエデ、その奥にオハツキイチョウの巨木が見える。
秋には鮮やかに黄葉し、カエデの紅葉とともに美しい。イチョウのそばには鎌倉時代の作で重要文化財である石造宝塔が3基ある。

イチョウは雌雄異株で、ギンナンができるのは雌株の木だけ。
このオハツキイチョウは一部のギンナンが葉の上にできる珍しい木で、市の天然記念物になっている。
(近江の名木・並木道 (サンライズ出版)
東門院五重塔
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       悠久の泉

持統天皇7年(693年)頃、近江国益須郡益須寺の近くに醸泉が涌き、多くの人々の利用がうわさになり、天皇が3人の僧に調べさせ、この地に「醸泉湧く」と詔書を出された。

この場所が泉町の近くにある(日本書紀)ということで写真のような記念碑が設置された。

 

醸泉とは…
(れいせん)
それを飲んだり浴びたりすると不思議なほど利きめがある泉のこと。(岩波国語辞典より)


悠久の泉

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