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今から150年前にはヨシ地として存在していました。水位が上昇すると50〜60pの深さで水にかくれるような砂地でした。 古文書によると、弘化3年(1846年)には釣り針状のヨシ原と砂地が見られ、明治25・26年頃には烏丸半島は見られません。 大正時代は完全に陸地状態で、昭和22年頃の航空写真では、湖岸道路のない現状の形と同じ烏丸半島が見ることが出来ました。 |
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昭和22年当時の空中写真 この図は、建設省国土地理院長の承認を得て、同院発行の空中写真を 複製したものである(承認番号 平12総複、第310号)。 |
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| 引用文献 「守山市誌自然編」 守山市誌編纂委員会(1996) 「琵琶湖研究所所報17」 滋賀県琵琶湖研究所(1999) |
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